晴れ時々遠回り

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阿川佐和子さんの「聞く力」
渡辺淳一さんの「鈍感力」
タイトルに「チカラ」や「りょく」の付いた本が既得権を得ている。
ベストセラーにならずとも「女子力」という言葉も市民権を得ているし、コミュニケーション能力をわざわざ「コミュ力」と言い換えて再評価する向きもある。

私は「○○力」のブームは「無意識」に行われてきた人間の行動を「意識的」かつ「能動的」に行いましょうという運動だと思っている。
この運動はもはや一過性ではない。日本社会にすっかり溶け込んだ一大勢力とも言える。

この言葉を発信したメッセンジャーたちは
「みんな!どうせやるならもっと能動的にいこう!」
と言いたかったのである。

しかし消費者たちの捉え方はやや違っているように私は感じている。

多くの消費者たちはこのメッセージを
「私、ちょうどここが苦手だったのよ。なんとか助けてくんないかしら?」
と受け取っているのではないか。

「○○力」の登場する以前、これらの需要を満たす本は「ハウツー本」と呼ばれていた。
21世紀初頭に台頭した「○○力の本」
これらは20世紀後半における「ハウツー本の類」に成り下がってはいないかと私は考えている。

「楽して儲けたい」
「努力せずに上達したい」
「歩かずに移動したい」
が人間の背骨を軟弱にする考えだと私は思っている。

一流のスポーツ選手は24時間いつもストイックである。
一流の経営者は24時間ずっとチャンスと閃きの到来を待ち続けている。

そのくせ私達のような一般労働者階級の庶民は怠惰でありがちだ。
これは仕方がないと思う。
怠惰であるがゆえに私達は庶民なのか。

もっと人生の骨を強くしたい、というのがこのブログ。
日々のつまらないこだわりを書き留めておくブログである。

私の年齢が40代に突入した頃から「24時間緊張しっ放し」がツラくなってきた。
それまでは仕事が楽しく、独身の頃なんてまさに24時間365日がオンの状態だったような気がする。

しかし今はそうではない。
小学生の息子と遊んでいると体力の衰えも感じるし、新聞を読むと「目が大人になった」ことを痛感させられる。

人はこうなると楽をしたくなる。
しかし脳も体も使わないと衰える。
だから私はあえてエスカレーターでなく階段を使う。これは草野球をしていた20代から続く習慣だ。

庶民が24時間ストイックである必要はない。
が、24時間怠惰ではいけない。
「○○力の本」に食いつく人の多くは迷える若者たちだと思う。
アフターフォーティ―の中堅・ベテラン社員たちが今さら斎藤孝の「○○力」にすがる姿を私は見たくない。

わざと遠回りする余裕を持っていたいと私は考えている。

以下が今日の骨太であるが、

本のタイトルについている「○○力」というコトバは「1個の単語」であり、実際に現場で必要とされる「本物の○○力」は1個の単語をマスターすれば身につくものではないのである。
「段取り力」ならば経験、予測、交渉、人脈という複数の「構成要素」が必要である。
構成要素の経験にさえ時間という「孫要素」もまた必要だ。人脈を築くためには忍耐も必要であろう。

ベストセラー本のタイトルに含まれる「○○力」という言葉の多くは「人間社会で生きていく力」を意味している。
自分を輝かせたい。人に迷惑をかけたくない。高いステータスや収入を得たい。
動機は様々、人間の向上心を刺激するタイトルだから大勢の読者に必要とされたのだと思う。

しかしこの骨太人生ブログはこのハウツー本の類を否定する立場を取ることにする。
実際私の書棚には斎藤孝先生の「読書力」とか「文章力」とかの本が並んでいる。
おもしろい。三色ボールペンで線を引きまくった跡も付いている。斎藤先生の「知識の含有量」という言葉は今でも大好きだ。

・・・・・

しかし私はやっぱり否定する。もう新たに○○力を書棚に飾ることはしない。
私はこれからもあえて「晴れ時々遠回り」をすることにする。
その方が人生が骨太で豊かなものになりそうだから。

結論を急がない。

楽してゴールに行かない。

自分の体と足で前に進みたいのである。

 

ありがとうございました。
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